12回 美人画研究会 

【日時】2017115) 13 : 001700  

 

【場所】江東区森下文化センター 和室(2F

<アクセス> 都営新宿線、大江戸線 森下駅A6出口、半蔵門線 清澄白河駅A2出口より徒歩8

 

【会費】1,500円(モデル代含む)

 

【スケジュール】※13:00 集合

1部:13151515

・美人画に描かれた表情のモデルデッサン

2部:15301700        

・文学作品に書かれた美人表現を共同研究

 

●第1部はご自身も美人画を描かれているモデルさんに様々な表情を実演していただき、そのお顔をデッサンいたしました。

  ※画材は各自持参

 

●第2部は様々な文学作品の中で、美人がどのような言葉で表現されているかを調べ、その文字表現から顔や表情を想像することがテーマの共同研究です。事前に文学作品を選び、その中の表現から連想する顔を描いてくる、あるいは適する女優を選定して来ることにしました。当日は持ち寄った資料を参加者全員で共有し、ディスカッションを行ないました。

第12回美人画研究会を無事終了いたしました。

 

 第1部は初めての試みで、モデルさんをお呼びして美人画の表情をクロッキーデッサンいたしました。モデルはご自身も日本画を描かれる中西さん。前半は洋装で美しいくカールしたロングヘアーで、ロセッティのプロセルピナ、フェルメールの真珠の耳飾りの少女、小早川清のほろよいのポーズと表情をしてくださり、私たちは1ポーズ10分という限られた時間内にデッサンしました。

 その後お着物に着替えていただき、今野由恵、上村松園、志村立美の美人画表情をしていただきました。1ポーズ10分では短いという声により、1ポーズ15分に延ばしましたので、モデルさんも同じ表情を続けて大変だったと思いますが、皆なんとか描き上げることができました。

 美人画の表情では視線や顔の向きなどが重要ですが、「手」の表情も大変重要だということがよく分かりました。 

  (松永)

 第2部は、文学作品の中に表現されている美人を取り上げて共同研究して行くことを開始いたしました。その第1回目は、「真珠夫人」(菊池寛)、「上海」(横光利一)、「高野聖」(泉鏡花)、「三四郎」(夏目漱石)に登場する美人たちを取りあげました。

 

1)真珠夫人---瑠璃子
 松永:瑠璃子を表現する言葉として「真珠のごとき」「孔雀のごとき」「威厳・威圧」「神々しい美しさ」「理知的な輝き」「名門・育ちの良さ」「日本女性には見られない美しさ」「スラリとした・颯爽たる」「冷たい」などが使われているところから判断して、イメージとする女性はキリっとした雰囲気のある北川景子さんを想像して絵に描いてきた。若い男性を翻弄するところからも、美しさの中に強さと可愛らしさが同居している感じは、武井咲さんも適しているように思った。

 置田:藤納戸色の着物を着ている瑠璃子のイメージを描いてきた。北川景子では線が細い感じがしたので、沢尻エリカ、仲里依紗、石田ニコルなども雰囲気に合っていると思った。

 相賀:横山めぐみ、黒木メイサを想像して絵に描いてきた。

 

2)上海---芳秋蘭

 城戸崎:芳秋蘭の美しさを表現する言葉は14ゖ所あり、「美しい」(3)、「美人」

「都雅な美しさ」「綺麗」「珍しい」「典型的な」「素敵だ」「素晴らしい」「見惚れる」「凄艶な」「曙のような」(各1)、具体的なパーツに関しては8ゖ所ある。「澄み渡った(眼)」「大きな黒い(瞳)」「流れる秋波」「ブリッジ型の鼻」「鷺水式(前髪)」

「ひきしまった(口)」「優しげにすらりとした(肩)」とあり、それらからイメージする女優はチャン・ツィイーであるので、絵に描いてきた。

 鈴木:上海の舞台となった時代を映画化した「ラスト・コーション」より、タン・ウェイをイメージした。

 

3)高野聖

 秋元:雪女のイメージから月岡雪路、玉三郎などを考えた。

 

4)三四郎---美禰子

 成瀬:美禰子が美人だというリアルな表現はないが、男をもてあそぶ雰囲気で、お嬢さんっぽいのにしっかりしているところが、美人のイメージとなった。八千草薫さんの若い頃のイメージなど。自分のイメージを絵に描いてきた。

 松永:その話から、吉高由里子などがイメージに近いと感じた。

 

★今回は第1回目で、準備が不十分だったため、次回のクリエイティブの会では共通の文学作品を選び、それぞれ用意してこようということになった。

-------➡斎藤さんの提案で「智恵子抄」を取り上げることに決定!

 みなさん、是非「智恵子抄」を読んで、絵に描いてきてください。クリエイティブの会は、4月ごろに第14回研究会を開催予定です。

 

 

 

 

真珠夫人・瑠璃子

上海 芳秋蘭

三四郎 美禰子


真珠夫人   菊池寛…大正~昭和初期の小説家、劇作家。「文芸春秋」を創刊

             この小説の初出は「大阪毎日新聞」「東京日日新聞」1920

 

美人表現 (抜粋)

 

・  "  美しさは、彼女の頭上に咲き乱れてゐる八重桜の、絢爛たる美しさをも奪つてゐた。目も醒むるやうな藤納戸色の着物の胸のあたりには、五色の色糸のかすみ模様の  ?  が鮮かだつた。
 
・勝平などが夢にも接したことのない美しさだつた。彼は、心の中で、金で購つた新橋や赤坂の、名高い美妓の面影と比較して見た。何と云ふ格段な相違が其処にあつただらう。彼等の美しさは、造花の美しさであつた。偽真珠の美しさであつた。一目丈は、ごまかしが利くが二目見るともう鼻に付く美しさであつた。
が、この少女は、夜毎に下る白露に育まれた自然の花のやうな生きた新鮮な美しさを持つてゐた。人間の手の及ばない海底に、自然と造り上げらるゝ、天然真珠の如き輝きを持つてゐた。一目見て美しく、二目見て美しく、見直せば見直す毎に蘇つて来る美しさを持つてゐた。
 
・瑠璃子は処女にふさはしい勇気を振ひ興して、孔雀のやうな誇と美しさとを、そのスラリとした全身に湛へながら、落着いた冷たい態度で、玄関に現れた。  "
 
・瑠璃子が、大理石で作つた女神の像のやうに、冷たく化石したやうな美しい顔の、眉一つ動かさず黙つて聞いてゐるために、男はある威圧を感じたのであらう。
 
・その輪廓の正しい顔は凄いほど澄みわたつて、神々しいと云つてもいゝやうな美しさが、勝平の不純な心持ちをさへ、浄めるやうだつた。
 
・勝平はまた思はず、自分の新妻と比べて見ずにはゐられなかつた。無論、この令嬢も美しいことは美しかつた。が、その美しさは、華美な陽気な美しさで、瑠璃子のそれに見るやうな澄んだ神々しさはなかつた。『やつぱり、育ちが育ちだから。』
 
・栄華が、何時の間にか、彼女の心に魅力を持ち始めてゐた。彼女は、荒んだ心と、処女としての新鮮さと、未亡人としての妖味とを兼ね備へた美しさと、その美を飾るあらゆる自由とを以て、何時となく、世間のあらゆる男性の間に、孔雀の如く、その双翼を拡げてゐた。
怪頭醜貌の女怪ゴルゴンは、見る人をして悉く石に化せしめたと希臘神話は伝へてゐる。黒髪皎歯清麗真珠の如く、艶容人魚の如き瑠璃子は、その聡明なる機智と、その奔放自由なる所作とを以て、彼女を見、彼女に近づくものを、果して何物に化せしめるであらうか。
"彼女の美しい横顔は、本当に音楽が解るものゝ感ずる恍惚たる喜悦で輝いてゐるのだつた。其処には日本の普通の女性には見られないやうな、精神的な美しさがあつた。思想的にも、感覚的にも、開発された本当に新しい女性にしか、許されてゐないやうな、神々しい美しさがあつた。信一郎は、時々彼女の横顔を、そのくつきりと通つた襟足を、そつと見詰めた"
・此女性の美しいけれども颯爽たる容姿が、あの返すべき時計に鏤刻されてゐる、鋭い短剣の形を想ひ起さしめた。彼は、読経の声などには、殆ど耳も傾けずに、群衆の頭越しに、女性の姿を、懸命に見詰めたのである。が、見詰めてゐる中に、信一郎の心は、それが瑠璃子であるか、時計の持主であるかなどと云ふ疑問よりも、此の女性の美しさに、段々囚はれて行くのだつた。
・此の女性の顔形は、美しいと云つても、昔からある日本婦人の美しさではなかつた。それは、日本の近代文明が、初て生み出したやうな美しさと表情を持つてゐた。明治時代の美人のやうに、個性のない、人形のやうな美しさではなかつた。その眸は、飽くまでも、理智に輝いてゐた。顔全体には、爛熟した文明の婦人に特有な、智的な輝きがあつた。
婦人席で多くの婦人の中に立つてゐながら、此の女性の背後丈には、ほの〴〵と明るい後光が、射してゐるやうに思はれた。
・年頃から云へば娘とも思はれた。が、何処かに備はつてゐる冒しがたい威厳は、名門の夫人であることを示してゐるやうに思はれた。
・此女性の美しさに打たれた。年は二十を多くは出てゐなかつたゞらう。が、さうした若い美しさにも拘はらず、人を圧するやうな威厳が、何処かに備はつてゐた。
信一郎は、頭の中で自分の知つてゐる、あらゆる女性の顔を浮べて見た。が、そのどれもが、此婦人の美しさを、少しでも冒すことは出来なかつた。
"アンナ・セザレウ※[#小書き片仮名ヰ、164下11]ッチと瑠璃子夫人とだつた。その二人の洗ひ出したやうな鮮さが、信一郎の心を、深く深く動かした。一種敬虔な心持をさへ懐かせた。白皙な露西亜美人と並んでも、瑠璃子夫人の美しさは、その特色を立派に発揮してゐた。
殊に、そのスラリとして高い長身は、凡ての日本婦人が白人の女性と並び立つた時の醜さから、彼女を救つてゐた。信一郎は、うつとりとして、名画の美人画をでも見るやうに、暫らくは見詰めてゐた。
 
"二科会に展覧された『真珠夫人』と題した肖像画が、秋の季節を通じての傑作として、美術批評家達の讃辞を浴びたことを記憶してゐるだらう。それは、清麗高雅、真珠の如き美貌を持つた若き夫人の立姿であつた
而も、この肖像画の成功はその顔に巧みに現はされた自覚した近代的女性に特有な、理智的な、精神的な、表情の輝きであると云はれてゐた。その絵を親しく見た人は、画面の右の端に、K.K.と署名されてゐるのに気が付いた
※順不同

上海 

『上海』(横光 利一 著) より

"山口は踊りの中の一人の典雅な支那婦人を見付けて囁いた。「あッ、あれは芳秋蘭だ。」「芳秋蘭って、それや何んだ。」と甲谷は初めて大きな眼を光らせると山口の方へ首をよせた。「あの女は共産党では、たいへんだ。君の兄貴の高重君はあの女を知ってるよ。」甲谷が振り返って芳秋蘭を見ようとすると、そこへ、細っそりと肉の緊った、智的な眼の二重に光る宮子が、二階から降りて来て甲谷の傍の椅子へ来た。"

秋蘭の眼は澄み渡ったまま 、甲谷の笑顔の前を平然と廻り続けて踊りが終んだ 。 ― ―歌余舞い倦みし時 、嫣然巧笑 。去るに臨んで秋波一転 ― ― 。甲谷は徐校濤の美人譜中の一句を思い浮べながら 、宮子にティケットを手渡した 。 「あの婦人は実に綺麗だ 。珍らしい 。 」 「そうね 。珍らしいわ 。 」

あの女は 、あれは素敵だ 。あれが俺の嫁になれば 、もう世の中は締めたものだ 。ブリッジ形の秋蘭の鼻は 、ときどき左右の店頭に向きながら 、街路樹の葉蔭の間を貫いて辷った 。唾を吐いている乞食や 、鋪道の上で銅貨を叩いている車夫や口の周囲を光らせながら料亭から出て来た客や 、煙管を喰えて人の顔を見ている売卜者やらが 、通りすぎる秋蘭の顔を振り返って眺めていた 。


ブリッジ形の秋蘭の鼻は 、ときどき左右の店頭に向きながら 、街路樹の葉蔭の間を貫いて辷った 。唾を吐いている乞食や 、鋪道の上で銅貨を叩いている車夫や口の周囲を光らせながら料亭から出て来た客や 、煙管を喰えて人の顔を見ている売卜者やらが 、通りすぎる秋蘭の顔を振り返って眺めていた 。


二 、三日前に芳秋蘭という女をサラセンで見かけたが 、何んでも山口は兄貴がその女を知ってるといってたよ 、知ってるのかい 。芳秋蘭 ?全く素晴らしい美人だが 。 」と甲谷はいった 。 「うむ 、それは知ってる 。俺の下で使っているそりゃ女工だ 。

絡ったパイプの蔓の間から 、凄艶な工女がひとり参木の方を睨んでいた 。参木は彼女の眼から狙われたピストルの鋭さを感じると高重に耳打ちした 。 「あの女は 、何者です 。 」 「あれは 、君 、こないだいってた共産党の芳秋蘭さ 。あの女が右手を上げれば 、この工場の機械はいっぺんに停るんだ 。ところが近頃 、あの秋蘭はお柳の亭主一派と握手し出して来てね 。なかなかしたたかものでたいへんだ 。 」

彼が彼女を礼節よりも愛した原因はその秋蘭の眼であった 。秋蘭は彼にいい続けた 。


秋蘭は頭脳の廻転力を示す機会を持ち得たことを誇るかのように 、軽やかに支那扇を拡げてにっこりと笑った 。


すると 、秋蘭の皮襖の襟からは 、初めて 、典型的な支那婦人の都雅な美しさが匂いのように流れて来るのであった 。


参木は秋蘭の切れ上った眦から 、遠く隔絶した激情を感じると 、同時にますます冷たさの極北へ移動していく自分を感じた 。すると 、一瞬の間 、急に秋蘭の興奮した顔が 、屈折する爽やかなスポ ーツマンの皮膚のように 、美しく見え始めた 。彼は今は秋蘭の猛々しい激情に感染することを願った 。

自分は今でもあの秋蘭めを愛している 。自分はあ奴の主義にかぶれているんじゃない 。俺はあ奴の眼が好きなんだ 。あの眼は 、いまに主義なんてものは捨てる眼だ 。あの眼光は男を馬鹿にし続けて来た眼光だ 。お杉の傍にいるこの喜びの最中に 、まだ秋蘭のことを 、いつとはなしにいきまき込んで頭の中へ忍び込ませている自分に気がつくと 、彼は闇の中で 、のびのびと果しもなく移動していく自由な思いの限界の 、どこに制限を加えるべきかに迷い出した 。